やっぱり気になる肝の臓。
来週はいよいよ入院、手術が控えている。
正直、そっちの方はそれほど心配はしていない。
一週間カテーテルが入ったままで、少々不生事が厄介そうなのが気になるだけで。
問題は、やっぱり次のこと。肝臓の影。
昨日、うっかり調べてしまった。
どんな検査するのかを知りたかったのだが、やっぱりその症例について詳しく書いてるものを目にしてしまう。
正直、あまりいい話がない。そりゃそうか。
肝臓がんのほとんどが転移型だという。
だから検査技師の診断が「転移」って言ったのかぁって。
原発の場合はB型かC型のウイルス性のものがほとんどだっていうんだけど、そんな兆候ワタシにはまったくないわけだしさ。
だとしたら、まだ知らない原発巣がどっかにあるわけぇ?えぇ?そうなん( ゚Д゚)。。。。。。
始めて『やばいかも。』ってちょっと考えちゃいました。まだ確定診断も受けてないのに。
今から余計な心配のしすぎはいかんとはわかってはいるのですが、やっぱ人間だからさ。気にはなるわな。小心者なんでね。
それでも。
もし仮にガンが確定したとしても。
どう考えてもめっちゃくちゃラッキーなことなんだろうとは自分でも思う。このタイミングで見つかったのは。
何の自覚もないんだから、当然検査なんて行くわけもなく。
こないだウォーキングをしながら、そんなことを考えてふと浮かんだ。
「・・・これは絶対に、あの子らが助けてくれたんだ。」
そう頭に浮かんだ瞬間、涙が止まらなくなった。
愛猫はなとだい。
ワタシには、一生忘れられない愛猫がいる。
はな。
と、双子のだいすけ。
はなが2歳のころ、扁平上皮癌だと診断を下された。
口腔内が赤くただれてご飯もろくに食べられず、どんどんやせ細っていって。余命は半年だと言われた。
最初の医者には手術も不可能、安楽死も提案されて絶望だった。
2歳で末期がんと愛猫が診断されて。それで黙って受け入れるほどワタシは諦めのいい人間じゃなかった。
泣きながら、それでも必死になって西洋医学だけじゃないお医者さんを探したり、自分でもあらゆる情報を調べて勉強して、やれることはすべてやろうと動きまくった。
あの時のワタシは凄まじかったよなぁ。
幸い東洋医学に精通して、免疫力療法などを実践してる先生を見つけ、いろんなことを試した結果2年後、彼女は手術を受けられる状態にまでなって、二度の大手術を受け、奇跡的にガンを克服してくれた。
それはもう、ほんとに針先ほどの可能性の奇跡。
2歳でさよならするはずが、彼女は16年間も一緒にいてくれた。
けど。
その後も病弱だった彼女は、ほとんど毎月病院に通っていた。3か月に一度くらいの頻度で血液検査も欠かさず続けていた。
けど、4年前のちょうど今頃。
お薬をもらいにいつものよう診察を受けようと病院へ。先生から、
「かわりないですか?」
と聞かれ、はいそうですね、と答えながらはなを見て、ん???と。その時初めてフォルムがおかしなことに気づいた。
あれ?こんなになんで太ってんだ???
診察台に乗せられたはなをまじまじと見ると、顔の大きさに反比例して腹部がぽっこり腫れてるように見えるのは気のせいなんかじゃなく。
先生もワタシと一緒になって驚いてるけど、もう先生はその時点で気づいてたんだろうね。
別の先生にエコーで確認するようにすぐ指示して、自分は黙ってワタシと一緒に結果を待っていた。
「肝臓がんです。一か月も厳しいかと思います。」
号泣した。
あまりにもショックすぎて、泣き崩れるってああいうこと言うんだろうなぁ。
病気なのもショックだったけど、どうして気づけなかったんだろうって。
その頃ワタシは、仕事でものすごいストレスを抱えていた。
それこそ、このままだと病気になるんじゃないだろうかとも思っていたので、きっと自分の悪い気がはなに伝わったんだろうと思った。
なんて情けない飼い主なんだろう。あんなに大事にしてたのに、どうして気づけなかったんだろう。
そう思って、ほんとに申し訳なくて情けなくて。
そこから2週間で、彼女は旅立っていった。あっという間のことだった。
2歳のころのガンの時。
口の中が痛くて痛くて、ご飯もろくに食べれない状態だった彼女に対して、とにかく食べなきゃ生きてられないからと、怒ったり宥めたり、時にはこっちが号泣しながら無理やりご飯を食べさせていた。
思えばほんとにひどい飼い主だと思うんだけど「とにかく食べなさい!」というワタシのいいつけを最後まで守ったはなは、最後の最期まで頑張って食べる姿を見せてくれた。
はながいなくなって、ほんとに家にはがらんと大きな穴が空いたままだった。
特にだいすけは、急に年老いたように見えた。
はなの病気が大きすぎたので、どうしても比重がそちらに傾きがちだったんだけど、だいすけはそれも全部わかっているかのように、いつもはなに寄り添って守っていたんだと思う。
だいすけ自身もストラバイトという、尿に結晶が出来るという病気を長いこと患っていたので、決して体の丈夫な子ではなかった。
けど、お手も出来ちゃうおりこうさんだし男の子らしい甘えん坊さんだったので、とてもかわいい子だった。
はながいなくなって、時々だいすけの食欲がなくなることがあった。
もともと2年ほど前から慢性の下痢に悩まされてきたこともあったし、たぶん落ち込みがひどくてなのかなぁと思うことが度々あって。
はながいなくなって約半年後のこと。
三日ほど食欲のない日が続いたので病院に行ってみることにした。
いつものように診察台によっこらしょと乗せた瞬間。
また、あの嫌な感じに気づく。
「・・・先生、このおなか・・・」
そう、まさに半年前と同じ光景。
だいすけもはなと同じ、肝臓がんの末期だと言われた。
まさか。
なんで?
そんなことって、ある?
あまりのショックで言葉を失った。
再び自責の念。どうして気づかなかった。どうしてこんなになるまで。
今でも、ほんとにダメな飼い主だったなぁと思い返します。
いつまでも一緒にいるもんだと、どうしてか勘違いするんだよなぁ。バカな人間って。
命の無常を忘れて、気配り目配りが出来ない。ましてやはなもだいも体が弱い子だっていうのをもっとちゃんと認識していたら、もっと早く気づいてなんとか出来たのかもしれない。
だいたい病院にずっと通い続けていたのに、どうして先生も気づいてくれなかったんだよ。
そう思って、全幅の信頼を寄せていた先生にまで恨みの気持ちが湧いてきます。恨んだところでどうしようもないんだけど。
だいすけは診断されてから一週間。何も食べることが出来ないまま、駆け足ではなの元へと旅立っていった。
きっと早く会いたかったんだろうなぁ。
二人はきっと、生まれる前は一つだったんだろうから。
残念な飼い主だけど。
自分の人生を振り返ると、ろくでもないことしかしてこなかったような気がする。
誰かを傷つけることばかりしてきて、誰かに頼ってばかりで、世の中のために何かのためになんて思ってやったことが、果たしていくつあっただろうか。
情けないイソジだね。まったく。
このまま死んだらどうなんだろう。
またくだらない、山のような後悔が押し寄せるだろうなぁ。。。。。。
けど。
たった一つ。というか二つ。
あの子らだけは、もしワタシが死んでも喜んで迎えに来てくれるだろう。
ワタシも精いっぱいを注いだし、あの子らもワタシのことをほんとに無償で愛してくれた。
あの子らがいると思えば、死もまた楽しみにすることが出来る、かな?
まぁまだ、そこまで達観はできないけどさ。
たぶんはなとだいは、分け合ってワタシの病気を少しづつ持って還ってくれたんだ。
と、今にして勝手に思う。
そして、きっと今も何かの力を貸してくれようとしてくれてるんだ。
そうじゃなきゃ、こんな奇跡起きるわけがない。
すべてはワタシの勝手な想像。
けどそう思ったら、結果がどうあれあの時のように全力を尽くすだけだなと思う。
自分の命ではあるけども、自分のためじゃなく、自分のまわりのために。
そう、あの時のように。